教会が教会であるために               牧師 中田義直

聖書で「教会」と訳されているのは、ギリシャ語の「エクレシア」とい言葉です。この「エクレシア」というのは「大切な会議のために呼び集められた人々」という意味のことばです。このことは、初期のクリスチャンたちが、自分たちの集会を「神様よって呼び集められた群れ」と理解していたことを表しています。
「神様に呼び集められた群れ」それが教会です。ですから、教会というのは建物を指す言葉ではなく、「集まった人々」のことを指す言葉なのです。実際、新約聖書時代の教会は独自の集会場や会堂を持っていませんでした。コリント教会もガラテヤ教会も、そして、ローマ教会も信徒の家に集まって礼拝を守っていたと考えられています。また、「ローマの信徒への手紙」16章のパウロが一人一人の名前をあげて挨拶の言葉を記している箇所について、ある高名な聖書学者は「そこに記されているのがローマの教会の全メンバーだったのではないか」と語っています。
私たちバプテスト連盟では、信仰告白と教会規則を整え、経済的な自立をもって「教会組織」としていますが、それは制度上の決め事です。そのような決め事は大切なことです。しかし、教会が教会であるために大切なことは、「私たちの教会は人間の計画ではなく、神様のご計画によって集められたと信じる」という信仰に立ち続けていくことといえるでしょう。