前 奏
招 詞 使徒言行録7章4~5節
賛美歌 新生 77 恵みふかき 父なる神
開会の祈り
賛美歌 新生105 くすしき主の光
主の祈り
賛美歌 新生287 主イエスこそわが命
聖 書 民数記13章17~24節
(新共同訳聖書 旧約P234)
宣 教 「約束の地」 宣教者:富田愛世牧師
【神の命令】
民数記13章に記録されている出来事は、2節に書かれている神の命令が大前提となっているはずなのです。ところが、モーセは神が意図していたことを誤解してしまったのではないかと思います。もしかすると、荒野を40年も彷徨い続けたのは、この誤解の結果なのではないかと思わされます。
このように考えること自体、もしかすると私の勝手な解釈かも知れません。しかし、その点も踏まえて見ていきたいと思っています。
まず2節で神はモーセに向かって何を語っているかを見てみましょう。そこには
「人を遣わして、わたしがイスラエルの人々に与えようとしているカナンの土地を 偵察させなさい。父祖以来の部族ごとに一人ずつ、それぞれ、指導者を遣わさねばならない。」と書かれています。
デイリースタディーバイブルという注解書には、この箇所について「密偵たち」というタイトルが付けられていて、「偵察させなさい」という箇所が「密偵させよ」となっていて、この「密偵」という訳によって誤解されているのではないかと語っています。
そして、他の訳では「探検する」とか「偵察する」になっていると指摘しています。「密偵」という言葉の持つイメージには、スパイのようなイメージがあると思いますが「偵察」にしても似たようなイメージがあると私は思います。
しかし、ここで神が意図しておられるのは、イスラエルのために神が用意した約束の地、カナンの地がいかに素晴らしい土地であるかを、信頼できる民の代表者たちに見てもらい、確認するという事なのです。
神はエジプトで奴隷生活を送り、苦しみの中から訴えたイスラエルの民の声に答え、エジプトを脱出させ、神が用意される、約束の地、カナンの地を与えると約束しました。カナンの地は「乳と蜜の流れる地」だと神は約束されたのですから、神の言葉、約束通りだということを確認させようとしたのです。
【カナンの地】
それでは、この偵察隊の具体的な行程を見ていきたいと思います。まず、3節を見るとこの偵察隊は「パランの荒れ野」からカナンの地に向けて出発したことになります。パランの荒れ野とは今のシナイ半島の中央部分を指しています。そして、17節を見ると「ネゲブに上り」とあります。ネゲブという場所は死海の西側を指しているので、今のイスラエルの南部地域だと考えて良いと思います。
つまり、最初の時点では、神はイスラエルの民をエジプトから導き出し、カナンの地に南から入るように促されていたと考えられるのです。
さらに21節を見ると「ツィンの荒れ野からレボ・ハマトに近いレホブまでの土地」とあり、どの範囲を偵察したのかという事が記録されています。「ツィンの荒れ野」はパランの荒れ野の北側、死海の南西部に当たります。そして、「レボ・ハマトに近いレホブ」まで行ったという事ですが「レホブ」という地名で検索すると、イスラエルの中央部にある町で「イスラエルの小さな隠れた宝石」などと説明されていました。
しかし「レボ・ハマトに近い」とあるので、現在の「レホブ」とは違う町だと思われます。なぜなら、「レボ・ハマト」は、かなり北に位置していて、ガリラヤ湖から北に160キロ位の場所になり、現在のレバノンに位置していると思います。いずれにしろ、とにかくかなり広い地域を偵察隊は行き巡っていたという事です。
22節には「ヘブロンに着いた」とありますが、この「ヘブロン」という町はとても重要な町として記録されています。創世記23章を見ると、アブラハムの妻である「サラの死と埋葬」という小見出しが付いていて、サラがヘブロンにあるマムレの前のマクペラの洞穴に葬られたことが記録されています。その後、イサクの妻リベカもヤコブの妻レアも、ヘブロンに葬られています。さらに、ダビデが全イスラエルの王となる前、7年半はヘブロンでユダの王として統治しました。
次に偵察隊が訪れた場所は、エシュコルの谷ですが、この場所がどこなのかは、はっきりしません。しかし、ここでザクロ、イチジク、ブドウといった果物が豊かに実っていたという事が重要で、カナンの地は、まさしく乳と蜜の流れる地だという事が証明されるのです。
【モーセの命令】
ところで、今日読んだ17節以降を見ると、モーセは偵察隊を遣わすにあたって、いくつかの点について調べるように命じています。
第一は、カナンの地に住む民は強いか弱いか、その数はどれくらいなのかという事です。このような点について調べさせるという事は、モーセは神の命令を忠実に行っていないということだと思われます。神の意図していることを汲まないで、戦いを前提として、文字通り「偵察」して来いと命じているのです。
このモーセの命令に対して22節に「アナク人の子孫であるアヒマンとシェシャイとタルマイが住んでいた。」と報告しています。さらに28節では「その土地の住民は強く、アナク人の子孫さえ見かけました」と報告しています。アナク人とは古代様々な地域で語られていた巨人伝説の一つではないかと考えられています。
聖書の中では、創世記6章4節に出てくる、天使と人間との間に生まれた「ネフィリム」として登場し、大昔の名高い英雄たちだという事なのです。また、ダビデが戦ったペリシテの大男ゴリアテもアナク人の末裔だと言われることもあるようで、とにかく、カナンに住む民は強力な戦士たちだという印象を持っていたようです。
第二は、カナンの町の様子を知らせてほしいという事です。天幕を張っているのか、それとも城壁のある堅固な町なのかという事です。これも戦いを前提とした質問だと思うのです。
もし、天幕、つまりテント生活をしているなら、いわゆる定住者ではないので、簡単に追い払うことが出来そうですが、城壁があるという事は、長い間、その地に定住していた民で、過去に多民族から攻められたことがあったという経験から城壁を作ったと考えることが出来ます。そのような町は簡単に落とすことが出来ないと考えたのではないかと思います。
第三は、土地が肥えているか、痩せているかという事です。そして、その土地の果物を取ってきなさいと命じているのです。これについては23節を見ると「エシュコルの谷に着くと、彼らは一房のぶどうの付いた枝を切り取り、棒に下げ、二人で担いだ。また、ざくろやいちじくも取った」とあります。神が約束した通り、カナンの地は乳と蜜の流れる所だったという事です。
【カナンの評価】
先ほど司会者には17節から24節までを読んでいただきましたが、その続きの27節以降にカナンの地に対する偵察隊の評価が記録されています。そこには「そこは乳と蜜の流れる所でした。しかし、その土地の住民は強く、町という町は城壁に囲まれ、大層大きく、しかもアナク人の子孫さえ見かけました」というもので、豊かなところではあるけれど、そこに攻め入って先住民を滅ぼすことはできないだろうというものでした。
偵察隊として、カナンの地を実際に、その目で見てきた人たち、それも3節にあるように、それぞれの部族の「長」として選ばれた人たちが占領するのは無理だと否定的な意見を述べたのです。彼らは決して臆病者たちではありませんでしたが、このような報告をし、カナンの地を評価しているのです。
ところが、30節を見ると、12人の偵察隊の中で、ただ一人、ユダ族のカレブという男が「断然上っていくべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます」と言うのです。
とても信仰的で、勇ましい進言です。しかし、他の11人はカレブの進言に反対し、さらに誇張した表現でカナンの地を占領することは無理だという理由を述べ立てるのです。そして、このような対立が民の間にも広がり、イスラエルの共同体が大混乱に陥り、人々はリーダーであるモーセに向かって、不平の声をあげるようになるのです。
結果から言えば、この南からのカナン侵入は諦めますが、この後、荒野で40年の時を過ごすようになるのです。そして、ヨルダン川の東側からカナンに侵入することになるのです。
ここで何が良くなかったのかという答えを出す必要はないと思います。しかし、ここから考えさせられることの第一は、神の命令とモーセの命令の違いです。偵察と訳されていますが、戦いを前提とした偵察ではなかったようです。乳と蜜の流れるところだと確認することが偵察隊の使命だったはずです。とするなら、神は平和的に共存することを望んでいたのかも知れません。
なぜなら、29節を見ると「ネゲブ地方にはアマレク人、山地にはヘト人、エブス人、アモリ人、海岸地方およびヨルダン沿岸地方にはカナン人が住んでいます」と報告されています。多様な民族が共存していたことが分かります。ならば、その一つにイスラエルが加えられたとしても不思議ではないはずです。排除ではなく共存を神は望んでおられるのではないでしょうか。
祈 り
賛美歌 新生575 栄えのみ神よ
献 金
頌 栄 新生674 父 み子 聖霊の
祝 祷
後 奏
2025年7月20日 主日礼拝
投稿日 : 2025年7月20日 |
カテゴリー : 礼拝メッセージ -説教ー