前 奏
招 詞 イザヤ書7章14節
賛美歌 新生 8 主の呼びかけに
開会の祈り
賛美歌 新生157 来れ 友よ 喜びもて
主の祈り
賛美歌 新生195 待ちわびし日
聖 書 マタイによる福音書2章9~12節
(新共同訳聖書 新約P2)
聖歌隊賛美 「天にはさかえ」
宣 教 「最高の贈り物」 宣教者:富田愛世牧師
【東方の博士】
今から2千年前のクリスマスの時、救い主イエス・キリストの誕生に出会うことのできた人は、ごく限られた人々でした。せっかくの救い主の誕生なのに、なぜ神はもっとたくさんの人々にこのことを知らせなかったのだろうかと疑問に思われる方もいると思います。
しかし、聖書を読んでいくと、神は決して人々に伝えなかったのではないと言うことが分かるのです。それは、ヘブライ語聖書の預言の中に何度も繰り返し、語られていたのです。語られていたけれども、それを理解することのできる人はいなかった、と言うことなのです。
福音書を見るとイエスの誕生に居合わせたのは2種類の人々でした。一つ目は羊飼いたちで、もう一つが東の国で星の研究をしていた占星術の学者たちであったということです。先ほど読んでいただいたマタイによる福音書は、この東の国の占星術学者たちにスポットを当てて、クリスマスの出来事を記録しています。
彼らはユダヤ社会の一般常識からするならば「ふさわしくない」異教社会に住む異邦人、つまり外国人でした。ユダヤ人は自分たちが神から特別に選ばれた民、選民であるということをとても大切にしていました。大切にしすぎて、他の民族に対して排他的になり、自分たちだけを絶対化してしまったのです。
ですからヘブライ語聖書に約束されている救い主メシヤが現れる時は、優先的に知らされると思っていたのです。ましてや異邦人がメシヤの誕生に立ち会えるなんて、考えることもできなかったはずです。
しかし、神はそのような異邦人を招いて、救い主の誕生を祝われたのです。彼らは、豪華な宮殿で盛大な祝宴が開かれる中、救い主、ユダヤ人の王が誕生するというイメージを持ち、エルサレムの宮殿に向かいました。この占星術学者たちのとった行動はごく当たり前の、当然の行動だったと思います。王として生まれる方ですから、王宮にいるはずだったのです。
学者たちは宮殿にいるヘロデ王を訪ね、ユダヤ人の王として、そして、救い主として生まれた方、イエスに会おうとしました。しかし、イエスはそこには居らず、占星術学者たちは預言書に書かれている事実を知らされました。
【小さき者】
ヘロデ王はこの学者たちの言うことの意味が始めは分からなかったのだと思います。そこで、祭司や律法学者たちを呼び、その意味について聞いたのです。ヘロデ王に呼ばれた祭司や律法学者たちは、ヘブライ語聖書のミカ書5章2節を引用して、救い主はユダヤの田舎のベツレヘムで「小さき者」として誕生するという預言を告げました。
東の国の学者たちが、その星を突き止めて、わざわざここまで旅してきた。そして、預言書にもそのことが記されていた。ここまで準備が整ったにも関わらず、ヘロデ王をはじめ、ユダヤの宗教的指導者たちは、誰一人としてベツレヘムに行こうとはしていないのです。
もし皆さんがその場にいたならば、どうしていたでしょうか。今、私たちは聖書全体を読むことができますし、救い主イエスがこの時、誕生したと言う事実を知っているので、迷わずベツレヘムに行ったはずです。そして、ユダヤの宗教的指導者たちはもったいないことをしたと思えますが、誰も本気にしないほど、常識はずれな出来事だったのです。だから、誰も学者たちについて行こうとはしなかったのです。
救い主の誕生は、私たちの常識やイメージとは違った形で、弱い、貧しい、情けない姿で誕生しました。しかし、ここには神の計画がありました。救い主メシヤは、私たちが、自分を整えてからでなければ、お会いすることのできない方ではないのです。
先日、イエスの生涯について語っている映画のセリフを聞きました。そこには文語訳聖書の言葉が引用され「イエス言ひ給ふ『我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。』」と語られていました。私はこの言葉を聞いて違和感を覚えました。イエスが「我は何々なり」なんて言うだろうか、絶対に言いません。「俺」なんていうと下品すぎるとお叱りを受けるかもしれませんが、ガテン系の大工さんが「我」とか「なり」とは言わないでしょう。
救い主は弱い、貧しい、情けない私たちと同じ姿をとり、私たちの悲しみ、寂しさ、無力さを共にすることのできるお方として誕生したのです。だからこそ、救い主なのです。私たちは自分の力ではどうしようもなくなることがたくさんあります。そのような時に、そのような状態から救ってくれる方、また、そのような状態の中にいたとしても、そのままで大丈夫だよと言ってくださる方を求めているのではないでしょうか。
自分でそこから抜け出すことができるのならば、救い主など必要なくなってしまうのです。
【三つの贈り物】
豪華で厳かな宮殿ではなく、救い主の生まれる場所へと、学者たちを導いたのは、あの東方で見た「星」でした。星の光に導かれ、救い主の生まれた家畜小屋へと導かれたのです。そして、黄金、乳香、没薬を献げたのです。
ここを読みながら、私たちはどのように感じるでしょうか。さらっと読み進めてしまいそうですが、こられの献げものは、極めて場違いなものだったのです。それぞれが非常に貴重なもので、どれくらいの量だったかは分かりませんが、現代的な価値観で量るなら、金は1グラム、14,000円、乳香はフランキンセンスと呼ばれ、フレグランスオイルとして、現代でも用いられていて、純粋なものだと10ml、4,000円くらいで取引されています。没薬はミルラと呼ばれ、同じようにフレグランスオイルとして、現代でも用いられ、こちらも純粋なものだと7,000円以上するようです。
これらの献げ物には、それぞれ意味が込められていると考えられています。その意味については、たくさんの解釈があるので、このような意味ですと言い切ることはできません。しかし、明確に記録されていないからこそ、私たちが推測し、思いを巡らせることが出来るのです。
一般的には、黄金は王にふさわしい色であり、物質だと考えられています。この黄金がイエスに献げられたという事は、イエスのユダヤ人の王としての権威を認めるという事なのです。さらに、後日談的なことですが、この後、東方の学者たちが帰った後、ヨセフの夢に天使が現われ、エジプトへと逃げるようにお告げを受けます。この時の資金として、この黄金が用いられだろうと言い伝えられています。
次に乳香ですが、これは当時の神殿での礼拝の時に用いられるものでした。祭司たちが様々な場面で「油注ぎ」という儀式を執り行いましたが、その油に乳香が混ぜられていたという事です。そして、乳香の香りも、神へ献げられる、香りの献げものとして重要なものだったのです。乳香がイエスに献げられたという事は、礼拝されるべきお方がイエスであるという事を表わしているのです。
3つ目は没薬ですが、古くはエジプトでミイラを作る時に用いた薬が没薬、ミルラだという事です。そして、イエスの時代にも死者の埋葬の際に用いられていました。つまり、没薬はイエスの十字架の死を暗示していると考えられています。実際にヨハネによる福音書19章39節に「ニコデモも、没薬と沈香を混ぜたものを百リトラばかり持ってきた」と記録されています。
【喜びの礼拝】
東の国の占星術学者たちは、星に導かれ、預言書に書いてあるとおり、ベツレヘムに着きました。そこで、貧しい、何の設備もない家畜小屋の中で、ひっそりと生まれた救い主を見つけました。
もしかすると、私たちの中には、このような姿でこの世に誕生する救い主の姿を見て失望することがあるかも知れません。しかし、この学者たちは外見や状況で判断するのではなく、事の真理を見抜くことができたのです。
なぜでしょうか。彼らが優れた知恵を持っている学者だったからでしょうか。もしそうだとすれば、ユダヤの律法学者たちも、負けないくらいの、いやそれ以上の知恵と知識を持っていたはずです。しかし、ユダヤの律法学者たちには、事の真理を見抜く力はありませんでした。
彼らは異邦人であるがゆえに、ユダヤの常識を持っていませんでした。だから素直にその状況を受け入れることができたのです。素晴らしい王宮ではなく、みすぼらしい、汚い家畜小屋の中で彼らはひれ伏して幼子を礼拝しました。
そして、宝の箱を開け黄金、乳香、没薬を献げたのです。義務感や見返りを求めたのではなく、救い主に出会うことのできた感謝と喜びの表われとして、自分たちの持てる最高のものを献げたのです。
私たちは、この東方の学者たちの姿と、自分自身の礼拝の姿を照らし合わせることが出来るでしょうか。献げものとして、私たちはそれぞれの能力や時間、お金を神の前に献げているでしょうか。そして、その動機は、神への感謝なのです。
もし仮に、義務感から献げているのなら、献げる必要はないのかもしれません。この後、献金の時がありますが、神への感謝の気持ちがない時、理解できない時には献げなくても構わないのです。
そして、私たちの献げるべき礼拝の原点がここにあるのです。周りの目や状況に左右されずに救い主だけを見上げ礼拝を献げることが大切なのです。人との関係でなく、神との関係の中で、心から喜んで感謝を、また、苦しみや辛さを訴えていくならば、大きな慰め、いやし、喜びが与えられるのです。
祈 り
賛美歌 新生177 マリアに抱かれて
献 金
頌 栄 新生668 みさかえあれ(A)
祝 祷
後 奏
2024年12月22日 クリスマス礼拝
投稿日 : 2024年12月22日 |
カテゴリー : 礼拝メッセージ -説教ー