共に祈り、「時」を待つ              牧師 中田義直

復活されたイエス様は、弟子たちの前に姿を現されました。マタイとマルコ福音書には女性たちに託された「復活のイエス様と出会うためにガリラヤに行きなさい」という弟子たちへのメッセージが記されています。そして、ヨハネ福音書には、ガリラヤ湖畔でイエス様が弟子たちのために朝の食事を用意されたという出来事が記されたいます。また、ルカ福音書と使徒言行録には「聖霊が下るときまで、都、エルサレムにとどまりなさい」という弟子たちへのイエス様の言葉が記されています。
弟子たちは、エルサレムにとどまり「時」を待ちました。使徒言行録によれば、ペンテコステの日、弟子たちは集まって共に祈っていました。共に祈る、それは、その日だけの特別なことではなく、弟子たちは日々、共に祈りながら「時」を待っていたように私には思えるのです。
この時、復活のイエス様と出会った弟子たちを取り巻くエルサレムの状況は変わっていません。イエスの遺体が消えたことは街中に知られていましたが、それを復活と信じる人はいなかったでしょう。そして、イエス様を十字架にかけた人々は変わらず権力の座についていました。このような厳しい現実の中で、弟子たちは共に祈りながら「時」を待ちました。厳しい状況の中に置かれた時、私たちも主の弟子たちに倣い、共に祈り、神様が備えてくださる最良の「時」を待つ者でありたいと願うのです。