主の約束を信じる祝福                牧師 中田義直

聖書のヘブライ人の手紙11章1節に「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」と記されています。そして、この言葉に続いて、私たちの見習うべき信仰者として旧約聖書の人々の歩みが示されます。その中には「信仰の父」と言われているアブラハムの歩みも記されています。
アブラハムは「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし あなたを祝福し、あなたの名を高める 祝福の源となるように」という、神様から与えられた約束を信じて、行き先も知らぬまま歩み始めました。
そして、ヘブライの手紙11章13節には「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです」と記されています。この言葉のように、アブラハムは、この地上の人生の中では神様から与えられた「約束の完成」を見ることはありませんでした。しかし、アブラハムはその約束が実現するという確信をもって、地上の旅を終えたのです。
私たちにも、天の御国の約束が与えられえています。月の初めの日曜日私たちは主の晩餐式を通して、新たな心でこの約束を確認するのです。