前 奏
招 詞   歴代誌下7章14節
讃 美   新生  2 来れ全能の主
開会の祈り
讃 美   新生378 海よりも深い主の愛
主の祈り
讃 美   新生389 昔主イエスの蒔きたまいし
聖 書   フィリピの信徒への手紙4章15~23節
                     (新共同訳聖書 新約P366)
宣 教   「最適なもの」    宣教者:富田愛世牧師
【フィリピ教会からの贈り物】
 前回、お話したように4章10~20節までは、小見出しにあるように「贈り物への感謝」というテーマで一括りになっている箇所です。本来なら一度にお話しすればよかったのかもしれませんが、少し長いので2回に分けてお話しすることにしました。前回は10節から14節までを中心にして「私を強くする方」というタイトルでお話ししましたが、今回は残りの15節から20節までを中心にして「最適なもの」というタイトルをつけて見ていきたいと思います。
 15節から16節を見るとパウロの伝道旅行を中心とした生活全般にわたって支え、支援していたのがフィリピ教会だけだったという事が分かります。
 少し初めに戻って思い出してもらいたいのですが、2章19節から30節までの箇所で、パウロはテモテとエパフロディトをフィリピに帰らせると語っています。そこにはエパフロディトがフィリピからパウロの所へやってきた時の素直な気持ちも書かれています。
 テモテという人は年齢的にはパウロよりも若かったようですが、パウロと労苦を共にした、素晴らしい働き手であり、パウロにとって右腕と言ってもよいくらい信頼する同労者でした。
 そしてエパフロディトはフィリピ教会からの使者として、贈り物を届けるためにパウロの元へとやって来ました。前回もお話したように、フィリピの信徒への手紙以外には名前が出てこないので、どのような人なのかは、ここに書かれている以外は分かりません。しかし、2章25節にあるように「わたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれました」とあるように、ただ贈り物を届けに来た使者ではなく、届けた後もパウロの働きを支えた同労者だったのです。
 このようにフィリピ教会は贈り物で支えただけでなく、具体的な働きの面でもパウロを支えた唯一の教会だったという事です。しかし、パウロが立てあげた教会は他にもあったと思いますが、なぜフィリピ教会だけがパウロを支え、パウロも支えてもらったのでしょうか。その理由は分かりませんが、パウロの伝道姿勢を見ていくならば、そのヒントがあるかも知れません。
【パウロの伝道姿勢①】
 パウロの伝道姿勢と言う時、初めに思い浮かべるのは、自立した働きであったという事ではないでしょうか。使徒言行録18章を見ると2回目の伝道旅行でコリントの町に行き、そこで宣教活動をした時のことが記録されています。
 そこで何が起こったかと言うと、アキラとプリスキラというユダヤ人夫婦と出会います。この二人はパウロと同じ職業だったので、パウロは彼らの家に住み込んで一緒に仕事をした、と記録されています。その仕事とはテント造りでした。
 パウロはこの二人と一緒に昼間は仕事をし、夜や安息日には福音を語っていたようなのです。そのうちシラスとテモテがマケドニアからやってくると、御言葉を語ることに専念したと書かれています。コリントに滞在していた期間が1年半ですから、どれくらいの期間、伝道活動に専念していたのかははっきりしませんが、初めから専念していたわけではなかったのです。
 つまり、パウロの働きは伝道については無報酬で、生活については自分で稼いでいたと思われていますが、最初から最後までそうだったという事ではないようなのです。そして、教会から報酬をもらうことについてはコリントの信徒への手紙一9章にパウロの考え方が述べられています。
 そこには「使徒の権利」という小見出しが付いて、7節には「そもそも、いったいだれが自費で戦争に行きますか。ぶどう畑を作って、その実を食べない者がいますか。羊の群れを飼って、その乳を飲まない者がいますか」と問いかけ、使徒や伝道者には報酬を受け取る権利があると語るのです。
 そして、その前にある6節では「あるいは、わたしとバルナバだけには、生活の資を得るための仕事をしなくてもよいという権利がないのですか。」と少し分かりにくい表現ですが、他の使徒たち、また、伝道者たちは誰かの支援によって生活し、伝道の働きを担っているのに、バルナバと私には、それが許されないのですか、と問いかけているのです。
 また、ガラテヤの信徒への手紙6章6節には「御言葉を教えてもらう人は、教えてくれる人と持ち物をすべて分かち合いなさい。」と書かれています。福音を語る者に対して、教会は相応しい報酬を支払うべきだというのが、基本的な姿勢の一つなのです。
【パウロの伝道姿勢②】
 しかし、もう一つの考え方、立場もあるというのです。それが無報酬で伝道の働きをするという事なのです。
 それについてパウロはコリントの信徒への手紙二11章7節でこのように語っています。「それとも、あなたがたを高めるため、自分を低くして神の福音を無報酬で告げ知らせたからといって、わたしは罪を犯したことになるでしょうか。」
 パウロがコリントの町で福音宣教の働きを無報酬でしていることについて、非難する人たちがいたようなのです。それがどのような人たちだったのかはよく分かりません。ただ、この当時、巡回伝道者のような人々がいて、町々を巡り歩き、福音を語っていたようなのですが、報酬も要求していたようなのです。
 それだけではなく、テモテへの手紙やユダの手紙の中で警告されているように、間違った教えを伝える人、偽教師と呼ばれる人もその中にはいたということなのです。
 パウロはそのような人々と同じように扱われないようにということで、報酬を受け取らなかったという可能性が高いと思われます。
 また、コリントの信徒への手紙二12章13節を見ると「あなたがたが他の諸教会よりも劣っている点は何でしょう。わたしが負担をかけなかったことだけではないですか。」と語っています。
 なぜかコリントの教会には負担をかけたくなかったようなのです。しかし、それはコリント教会だけではなく、テサロニケの教会に対しても同じような思いを持っていたようです。テサロニケの信徒への手紙一2章9節には「兄弟たち、わたしたちの労苦と骨折りを覚えているでしょう。わたしたちは、だれにも負担をかけまいとして、夜も昼も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えたのでした。」と書かれています。
 コリントでの伝道活動の時も働きながら福音を伝え、テサロニケでの伝道活動の時も夜も昼も働きながら福音を伝えていたというのです。負担をかけたくなかったというよりも無報酬で福音を伝えたかったといった方がよいのかもしれません。
 そして、その思いの根底にあるのはイエスが弟子たちを伝道に遣わした時の言葉なのかもしれません。マタイによる福音書10章8節でイエスは「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」と語っています。
【最適なもの】
 17節も「贈り物を当てにして言うわけではありません」と語っています。そこには贈り物を受けるということよりも、はるかに大切なこと、重要なことがあると語っているのです。続きを読むと「むしろ、あなたがたの益となる豊かな実を望んでいるのです」と語っています。
 そして、18節ではもう一度、エパフロディトを通して受けた、多くの恵みに触れています。この恵み、贈り物は物質的なものだけではありません。物質的な恵みも、もちろん有り余るほど受けたのです。しかし、それ以上の働きがパウロにとって大きなものだったのではないでしょうか。
 何故なら、それは「香ばしい香り」だからなのです。香ばしい香りとは、ヘブライ語聖書の時代、イスラエルの民が祭壇を築き、いけにえを供えていた時の薫香、宥めの供え物と呼ばれていたもの、焼き尽くす供え物です。それは祈りを象徴するのです。また、イエスご自身が宥めの供え物だと言われているのです。
 エパフロディトを通して受けた恵みとは、エパフロディト個人の働きだけではなく、彼を支え、彼を信頼して送り出したフィリピ教会の存在そのものが恵みだと語るのではないでしょうか。共に喜び、共に涙したフィリピ教会の一人ひとり、そして積み重ねられた祈りを思い浮かべながら、あなたたちこそ、わたしにとっての大きな恵みなのだと語るのです。
 次に19節を見ると「わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。」と書かれています。
 つまり、神はその時々に応じて最適なものを与えてくださると約束しているのです。時には物質的なものが与えられるでしょうし、目には見えないものとして、与えられることもあるのです。パウロ自身「足るを知る」ということを語っていますが、それは個人的な思いではなく、フィリピ教会からの有形無形の贈り物によって、共にその恵みを味わってほしいという思いなのではないでしょうか。

祈 り
讃 美   新生547 わが霊なやみて
献 金
頌 栄   新生672 ものみなたたえよ(B)
祝 祷  
後 奏